シリーズわが町ここ一番 24 《経田地区》

経田の大徳寺に保管されている−立山曼陀羅(まんだら) 



写真は四幅からなる立山曼陀羅
 立山は、 全国にも広く知られているように、 古くから信仰の山である。 越中の国 司、 佐伯有若ありわかの嫡男有頼ありよりによって立山が開山された。
 この立山を開いた佐伯有頼が得とく度どし、 名を改め慈じ興こうとなり、 持光寺の慈興寺 (現在の大徳寺) を建立した。 大徳寺には、 有頼の立山開山縁起を描いた四幅からなる立山曼陀羅が保存されている。
 佐伯有若・有頼父子の館が新川郡保やすの伏山ふしやまに所在したと伝えられており、 現在の黒部市犬山が伏山といわれている。 片貝川右岸木下新の堤防上には、 有頼柳と称する老木がありこのあたりが館跡と伝承されている。 今でも、立山登山に際し、 山頂に片貝川の石を奉献する習慣が残っている。
大徳寺の立山曼陀羅には、 有頼が逃げた鷹を追い、 阿弥陀如来に導かれ立山開山に至る物語が立山地獄、 立山浄土、 登山道などの現地の風景と共に写実的に描かれている。 江戸時代初期の作と言われている。
 江戸時代には多数の立山曼陀羅が製作されたが、 現在、 全国に四十点余りが現存するに過ぎない貴重な資料である。
 大徳寺境内には、 大伴家持が天平十九年 (七四七年) に新川郡巡行の際に詠んだ片貝川の歌の歌碑が建立されている。 鬱蒼とした木立の中にたたずめば、 先人の感性と信仰に触れる事ができる。                        (経田公民館提供) 

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